【運命と感じた『妖しさ』『愛らしさ』の響宴】

 
「今日、本当に自分がやりたかった事が見つかったんだ!!!」
根付彫刻という世界を活動の場に選んだ和地一風が
興奮を隠せないまま私に語ったあの日・・・

もともと骨董等にも興味を抱いていた一風の目に飛び込んで来たのは、
 たまたま見つけた『印籠と根付』という本に掲載されていた古典根付だった。

  「初めて自分の気持ちの中でコレだ!と思えるものに出逢えた瞬間だった」

根付とは元来、印篭や煙草入れを、着物の帯び通し吊るす際の
『留メ具』としての役割を果たす『用の美』を尊重した装身具である。
現代では、その洒落の利いた粋な存在価値が珍重されるようになり
コレクターズアイテムとして愛好家から親しまれている。

「手にしてくれた人が根付によって元気になってくれたり
 ちょっとした勇気を感じてくれたら…と思いながら彫っている」

そんな一風の彫る根付は、時に妖しく幻想的な世界へと誘われ
また時に驚異的な愛らしさを託すことで癒されたりもする。

『手のひらで広がる宇宙(そら)』という表現が一番近いであろう
一風の想作スタイルは文字通り『森羅万象』である。


【巡り巡って辿り着いた、その想い】


「小学生の頃に描いた絵が表彰されたことがある」と照れる
一風が描く絵には決まりきった枠や模倣のようなタッチはない。
写生ではなく、一風自身の中から湧き出た描写力そのものである。

「根付と出逢う前から木彫りに興味があった」という一風が
一風を名乗る前に彫った『般若』の作品が我が家にある。
なるほど、根付の世界でいう粋や洒落こそ織り込まれていないが
確かに一風と根付との出逢いは運命的な必然だったのであろう
それを否めないだけの凄まじさが既に彫り込まれている。

しかし、運命的な出逢いを頼りに道が開ける理由などは無く
それが根付という伝統文化という特殊なジャンルであれば尚更だろう。

「今ならこうしてインターネットで簡単に情報を集められますが
 当時は根付の情報は本当に限られていて収集にひと苦労しました。
 後に入手した『たくみとしゃれ』という本に根付作家の住所が
 掲載されていて、近場の作家さんを訪ねることから始めました。
 何件か探し歩いた中で、ようやく1人の作家さんと巡り合えまして 
 その時に数冊の根付の本と、日本象牙彫刻会を紹介して頂きました。」

その後、会社に勤めながら根付彫刻教室に通い始めるようになった。
定年退職された、一風の「父親よりも年長者」という教室の先輩達は
当時、未だ20代半ばの一風を快く歓迎してくれたという。
与えられた素材で一風が最初に彫った根付が『かえる』である。
現夫人と交際していた当時「実家に戻ってしまった彼女が帰ってくる」
そんな想いを込めて彫った作品を手に迎えに行った作品である。

一貫して一風の作品にはこういった彫り手の想いが深く託されている。

「この時は未だ根付で食べてゆけるとは思っていませんでした
 でも、勇気を与えてくれた『かえる』に託した想いが叶った時
 一生『続けたい』から『続けられる』と思えるようになりました」


【素材の魅力を引き出すのも彫刻家の仕事】


その後、展覧会への出品に合わせて作品を作るようになり
根付と出逢った1年半後の1998年には『東京都知事賞』
翌1999年には根付コレクターとしても知られている
高円宮憲仁親王殿下に作品が買い上げられた時を機に
根付彫刻のプロとしての道を歩む決心をする。

出品以外にも、師承や先輩作家の紹介などで得た象牙の置き物や
比較的安価な小根付などで不定期ながら収入のメドを立てながらも
間もなく展覧会の出品に合わせた根付制作に憤りを感じるようになる。

「未だ納得出来ていない作品を出品したこともあった」

目に見えないプレッシャーは仕事場や環境作りにまで派生した。
人の良さは裏目に出ることもあり、周りへの気使いや期待に到るまで
作家の負担と悪循環をまともに受けた格好となっていたのである。

その転機となったのが2001年、『素材の魅力』との出逢いだろう。

「鹿角という素材には独特な風合いがあるんですが、それは材料としては
 欠点だったんです。その欠点を『その素材の魅力』として引き出す
 構図として当てはめてみたらどうだろうか、と想ったんです」

それまで一風が主に用いる素材は黄楊や象牙、鹿角も使ったことはあったが
いずれもその仕上がり具合は「如何に美しく磨きあげるかが念頭」である。
その世界では異例に映った作風が、一部のコレクターが興味を示した。

「納得の出来る作品だったんですが、根付として受け入れられるとは
 思わなかったので、自分で使うものとして身に付けていたんです。
 自分なりの装いを実践していたら、ある方の目に留めて頂きまして
 何度か販売の要望を頂き、心強い自信と引き換えにお譲りしました」

この作品を機に、一風の作品に本来宿っていた『表情としての愛らしさ』に
『素材としての愛らしさ』が魅力として加えられたことは確かである。


【この上無い幸福】


受け継がれる伝統の担い手、また日本象牙彫刻会の理事という立場になった時も
「作品自らが訴えかけてくるような、またその空間を感じて頂けるような
 物創りを続けたい、という気持ちに嘘偽りはないですよ」
と語る一風に
マイペースというワードでは、やたらチープに思えてならない気がした。

それは一風の作品と同様、周りへの「思いやり」が込められているから・・・。

「幸福・・・やっぱり家族や親友といった身内の平和かな。
誰か身内で問題があると心配で何も手につかないんですよ。
世界が平和であれば、物創りの妄想力も広がりますしね。
存在するハズのない『もののけ』に命を与えて形にしたり
姿、雰囲気まで表す妄想力、その源が平和なんですよ。」

雅号『一風』は「とある流儀というか、ちょっと変わった感じという意味」
一風変わった物創りは平和であるがゆえに『至福の酔』なのであろう。
安らぎから得た妄想力という一風のフィルターを通した物創りは
世界平和という願いと共に、いつまでも無上に酔い続ける。

 

文:くりから工房/三橋英範(2003年) 



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